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最高裁判所第二小法廷 昭和22年(れ)301号 判決

主文

本件上告を棄却する。

理由

辯護人勅使河原直三郎の上告趣意書は「原判決は被告人が昭和二十一年六月五日其の過失に基きメチル含有のアルコール約一升を加藤義市に譲渡したるところ同人が之を飮用したる結果同月七日死亡するに至りたる事実を認定したる上、被告人の行爲は刑法上の過失致死並に有毒飮食物等取締令違反に該當し、一個の行爲が數個の罪名に觸るるものと爲し、被告人を重き取締令違反の刑に基き罰金一萬圓に處したり。原判決が第一審判決の傷害致死を過失致死と認定して處斷したるは洵に正當なるも、更に右取締令に違反するものとして處罰したるは、左記理由に因り失當にして當然破毀を免れざるものと信ず。本件の犯罪時は昭和二十一年六月五日にして、當時行はれたる右取締令は過失を處罰する趣旨に非ず。先來取締法規の違反に故意を要するや否やは議論ありし所なるも学説に於ては勿論大審院從來の判例に依れば、刑法犯と同じく故意を要するものにして過失を罰するは特に規定の存する場合に限らるるものなること明なり。加之此の事は昭和二十一年六月十七日改正せられたる勅令第三二五號は特に過失を罰する旨規定せるに依り之を見るも、同年勅令第五二號は故意ある場合に限り處罰する趣旨なること明瞭なり。而して刑罰法規を之を遡及して適用すべきものに非ざること敢えて多言を要せず。然らば原判決が被告の行爲を過失なりと認定しながら、過失致死の外取締令違反に該當するものとして處斷したるは、判決の理由が矛盾撞着し到底之を理解するを得ざるものと謂はざるべからず。本件は單に過失致死の一罪に該當するに過ぎずして、更に取締令違反を以て處罰すべきものに非ず。從て原判決は其の理由に齟齬ある不法の判決なるを以て御廳に於ては原判決を破毀したる上、原判決確定の事実に對し刑法第二一〇條を適用し、被告人を罰金千圓以下に處斷する旨、御自判あるべきものと確信し且之を仰望するものなり。」というのである。

昭和二十一年勅令第五十二號有毒飮食物等取締令が同年六月十七日勅令第三百二十五號によって改正される以前においては、同令第一條違反の罪は、故意ある場合に限り成立し、過失に因って、同條の規定に違反した場合には、同令の處罰はこれに及ばないと解すべきことはまことに所論の通りである。而して、本件において被告人が原判示メタノールを加藤義市に譲渡したのは、右勅令の改正前である昭和二十一年六月五日であることも、また、所論の通りである。(原判決には昭和二十二年六月とあるが、これを昭和二十一年六月の誤記であることは、判文の全體を通じて、明白に看取せらるゝところである。)しかしながら原判決の確定するところによれば、そのメタノールは被告人の勤め先きの原判示工場の傍にドラム缶に容れて置いてあった自動車用燃料であって、しかも、そのドラム缶には白ペンキで「メタノール」と書いてあったものであり、被告人は、それが自動車用燃料たるメタノールであることを十分に知りながら加藤義市に譲渡したというのである。すなわち被告人は本件メタノールをメタノールであることを知って譲渡したのであるから、原判決が、被告人の右の所爲を前記勅令第一條の違反罪に問擬したのは、まことに正當である。ただ、更に、原判決の認定によれば被告人は右メタノールはメチルアルコールとは別物であって、飮んでも害はないものと思って、すなわち自動車用燃料たる右メタノールの人の生命に對する危險性に關して、不注意にも、これと認識せず、漫然、飮むも害のないものと輕信して、相手が飲用に供することを知りながら、加藤義市にこれを譲渡し、その結果、同人をしてこれを飮用して死にいたらしめたと、いうのであって、原判決は、この點に於て、被告人の所爲は、刑法過失致死罪に該當すると判示したのである。すなわち、原判決は本件メタノールの譲渡は、被告人がメタノールであることを知っていた點において、前記勅令第一條違反の故意犯が成立すると同時に、そのものの有毒性であることを過失によって知らなかった點において、刑法過失致死罪が成立すると判定したのであって、論旨のいうが如く、過失による前記勅令違反罪を認定したのでないことは判文を通讀してきわめて明瞭に了知し得るところである。論旨はこれを彼此混淆して原判決は右勅令に規定のなかった過失犯を處罰したものと誤認したのであって、その理由のないことは、多く、説明を要せぬところである。よって刑事訴訟法第四百四十六條に從い主文の通り判決する。

この判決は裁判官全員の一致した意見である。

(裁判長裁判官 塚崎直義 裁判官 霜山精一 裁判官 栗山茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎)

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